杉岡幸徳の著作

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クラシックカー

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今どきこんな車があるとは……。ちょっと驚き。
動くとかっこいい。

未来のバイト

今日渋谷の109前で、
「ヴァーチャルリアリティで宇宙空間の中を自転車でこぎながら、そのパワーで綿あめを作る未来のバイトの実演」
なるものを見た。
意味は不明。

創造者

カフェにて、隣の席で就活生が、面接の心得について延々と話しているのを聞き、心から「僕はサラリーマンには慣れないな」と思った。
あの情熱には勝てそうにもない。

僕はやはり、創造者としての道しかなさそうだ。
改めて強く思った。

新年の挨拶

あけましておめでとうございます。

今年は次のようなことを考えています。

・さらなる本の上梓

・楽曲をウェブなどで発表する

・創作をさらに進めていく


今年もよろしくお願いいたします。

薔薇の騒乱

薔薇は純粋な混沌、
豪奢なざわめき

おまえは

花びらの間に身を投げた

暗い石

人生なんてこんなものさと

道の暗い石を蹴飛ばしてみる

石はおまえの唇に刺さる

黒薔薇

黒薔薇のような悪意を胸に刺し

今日もおまえは雑踏を急ぐ

正鵠を得よ

よく「正鵠を得るではなくて射るだ」という人がいるが、森鴎外は「正鵠を得る」と書いている。

大辞林には両方とも載っている。

実はどっちでもいいようだ。
まさか、森鴎外より教養のある人は、それほどいないと思う。

ネット世界の弊害か、デタラメな蘊蓄が幅を利かせている。

愛のかたち

今日、若い母親と六歳くらいの男の子が、何度も口にキスし合っているのを見かけた。
舌まで絡ませていた。
これも一つの愛の形なのだろう。

いい加減なことは正しい

シャーロック・ホームズ物の話。

ワトソンのファーストネームはジョンのはずなのに、『唇のねじれた男』の中では、なぜかワトソン夫人はワトソンに「ジェームズ」と呼びかけている。
『まだらの紐』では、蛇をミルクで飼育するシーンがある(ミルクを飲む蛇はいまだ発見されていない)。
こういう例は多々あって、樋口一葉の『たけくらべ』でも、「筆屋」「筆や」など表記の揺れがある。

もしこれが現代なら、校閲者が指摘して直させるはずだ。
しかし、これが「正しく」記述されていたら、小説のアラを探すシャーロキアンの楽しみも激減し、誰もホームズ物を読まなくなるかもしれない。

つまり、いい加減なことは正しいことなのだ。
何でも正確に書けばいいというものではない。

ちなみに、なぜワトソン夫人はワトソンにジェームズと呼びかけたかのという謎については、僕は「当時、ワトソン夫人はジェームズという男と浮気していた」という説を採用している。

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