杉岡幸徳の著作

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『君は、砂漠の壁を越えるのか』

Sabaku


アマゾンから小説を出してみました。
スマホ、パソコン、kindle端末などで読むことができます。
よろしかったらご覧ください。


『君は、砂漠の壁を越えるのか』

~壁を越えるのか、それとも死か?
 若者が挑む極限の物語~

砂漠にそそり立つ巨大な壁。向こうにはオアシスが、こちらには死の世界が広がっている。
壁を越えて生き延びるには、ただ一つだけ開いている門の門番に、賄賂を払わねばならない。
だが、そこに現れた若者は、門番の汚いやり口を見て、賄賂を払うのを拒否する。
若者は、壁を越えて生き残れるのか?

戦慄と幻覚に満ちた、著者による小説第一作。


ロミオとジュリエット

ロミオとジュリエット。
「ロミオとジュリエットが一緒になっても絶対に苦労するからやめたほうがいい」「彼らは幼い」と現実的な意見が多かった。

それに対して僕は、
「悲劇の主人公は愚か者しかなれない。ロミオとジュリエットが分別のある人間だったら、一緒にはならなかっただろうが、文学作品に名前を残すこともなかっただろう」。

グローバリズム

『サンダカン八番娼館』『からゆきさん』を読む。からゆきさんの悲惨さというより、発想の壮大さ、行動力に驚く。ちよっとバダオまで出稼ぎに行って、稼げないからシンガポールまでちょっと密航と、行動の気軽さに感銘。

当時の日本人はまだ国家意識が薄かったという。だから気軽に国境を超越できるのだろう。また、天草は海に向かって開けているので、外国に行くことにあまり抵抗がなかったとか。

とっくの昔に、グローバリズムの魂を持った日本人がいたということだ。

元号と伝統


結構面白い本。
伝統と言うものがいかにいい加減かを書いている。

面白かったのが「元号」の話。

元号の平均年数はわずか5.5年で、中には二ヶ月、三ヶ月で終わった年号がある。
権力者が気まぐれで元号を乱発したからだ。

中には、珍しい白い亀が献上されたから「宝亀」にしたとか、縁起のいい雲を見たから「慶雲」にしたとか、デタラメにもほどがある。

流行の小説

今日買った小説二つは、とても最後まで読む気になれず、放棄。一つはテレビドラマになるらしいが、僕には読むに耐えなかった。

それにしても、作家のくせに文章が下手だとか、日本語が不自由とかどうなんだ。読者はいったい何を読んでいるんのか、不思議でしょうがない。

しかしそれでもめげずに、しばらく流行の小説を読む。

Better than those

今回読んだラノベは、今まで読んだラノベの中で一番ましだった。

驚くべきことに、正しい日本語で書かれている!
語彙も200はあるのではないか。
主人公は男子高校生ではなく、男子大学生である! 極めて独創性に溢れている。

今読んでいる小説

今読んでいる小説、犯罪的に面白くない。

「どうも、はじめまして」
「いえいえ、こちらこそ。いつも○○がお世話になっています」
「今日は暑いね~」

なんて、どうでもいい平凡すぎる会話を、わざわざ活字にする必要があるのか。

僕も物書きなので、他人の作品を批判するのは嫌なものだが、文章もストーリーも心理描写も会話のウィットも思想の深さも何もないこの小説、ある文学賞を取った作家の作品らしいが、わざわざ出版する意味があるのか。
女性週刊誌を見たらいくらでも読むことができる凡庸俗悪な文章だ。

そして、女性なら、男性には分からない女性心理や業を呵責なく描くことができる、というのは大嘘であることがわかる。
ここで描かれているのは、すべて女性週刊誌でうんざりするほど反復されている、ステレオタイプと言うのもはばかれるほど退屈なものだ。

論評

今読んでいる、某新人賞を取った作家の小説、ひどすぎる。文章が下手でストーリーも退屈な小説のどこを救えばいいのか。女は女を描けるというのは嘘だろう。かえって浮き世離れしている。最後まで読ませるのはもはや嫌がらせか。

やはり凡庸な作品のほうが、女性の共感を生むのかという気がした。

『ざんねんないきもの』


この本、今売れているらしいが、名著だ。

「アライグマは食べ物を洗わない」
「コアラはユーカリにふくまれる猛毒のせいで一日中寝ている」
「パンダが一日中食べている笹の葉にはじつはほとんど栄養がない」
「カメレオンの色が変わるのは気分次第(意味はない)」
「一匹狼は弱い」
「サソリは紫外線を当てると光るが意味はない(単にかっこいいだけ)」
「ミジンコはピンチになると頭がとがる。しかし、ほとんど効果はない」
「タツノオトシゴの最高時速はたったの1.5m」

……といった、どうでもいい知識が身につく、豪奢な本。

これを読むと、地球上に棲息する生き物は、ほとんどみなアホであることがわかる。
そんなアホたちが、なんとなく、それでも懸命に生きている姿を見ると、なんだか優しい気分になる。


「いきものだもの」(みつを)

ドストエフスキーの心理的探求

ドストエフスキーを読むと、人間の心理の探求は、もうこれ以上に行き着くところがないことを感じる。
いや、行けるのかも知れないが、それはもはや何の意味もないことなのだ。

僕はもう内面にはなんの興味もない。あるのは「外面」「表層」だけである。
外見・見かけこそこの世の神秘であり、不可解なものであり、探求すべきものなのだ。

目に見えているものほど、神秘的なものはない。
目に見えないもの・形而上学的なものは、信じがたいほど俗悪である。

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