杉岡幸徳の著作

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「FAKE」

映画「FAKE」を見てきた。
結局、佐村河内氏は詐欺師なのか何なのか、考えれば考えるほどわからなくなった。
事実を知れば知るほど真実に迫れるというのは嘘で、知れば知るほどわからなくなる。
とりあえず、「詐欺師にも三分の理」というところか。
この人は、巨大なブラックホールなのかもしれない。
一つだけ、最後のシーンで泣きそうになったことは告白せねばならない。
詳しいことは、また考えることにする。

「ありのまま」ではなく「勝手にしやがれ」

最近テレビを見ないので実際に聞いたことはないのだが、「アナ雪」とやらの、
'Let it go.'
というのは、「ありのまま」という意味ではなく、
「勝手にしやがれ」「どうにでもなれ」
という意味だよね?
なんで「ありのまま」と誤訳されたのか、さっぱりわからない。

とにかく、最近の日本では「ありのまま」「自分らしく」としきりに言われるが、これを聞くと無条件にむかつくのはなぜだろう。

「ありのまま」「自分らしく」と言っている人は、服も着ず、化粧もせず、社会的演技を一切せずに生きているのか。
それとも、「ありのままに生きられない」からこそ、「ありのまま」を称揚するのか。
それとも、そういう人にとっては、演技することが「ありのまま」であり「自分らしい」のだろうか。
だとしたら、これらの言葉には、何の意味もないことになる。

「ありのまま」「自分らしく」というのも一種の演技であり、しかもそれは、最悪の演技に他ならない。

「最後の吉原芸者」

先日、「最後の吉原芸者」という映画を見に行った。
タイトル通り、最後の吉原芸者となったみな子姐さんを追いかけたドキュメンタリーである。

ところで、この映画の監督である安原眞琴さんは、吉本ばなな氏の編集者として有名な故安原顯氏の娘さんと知り、驚いた。

安原顯さんと言えば、生前に僕の処女作である『ゲオルク・トラークル、詩人の誕生』を書評で誉めてくださった覚えがある。

この世界は狭いところで神秘的に繋がっているんだなあと感じた。

「まるごと知りたいAtoZ」に出演

7/20、NHKBSプレミアムの「まるごと知りたいAtoZ」に出演しました。
司会は関口宏さん。
思った通りに親切で優しい方でした。

番組には、おそらく生まれて初めて和服を着て出演しました。NHKの衣装室でその道のプロに着付けてもらいました。
ひょっとしたら宮崎あおいさんもこの人に着付けてもらったのだろうか……と思うと、なかなか楽しかったです。

廊下では天童よしみさんや国谷裕子さんと当たり前のようにすれ違いました。
綾瀬はるかさんもいたそうですが、思わず見逃しました。

9/8,「爆笑問題のニッポンの教養」に出演します

9/8(木)放送予定のNHK総合の「爆笑問題のニッポンの教養」(22:55~)に、僕が出演しています。
テーマは奇祭について。
僕がなぜか蝶ネクタイをしてひたすら喋っています。
よかったらご覧ください。

地デジ導入戦線、異状あり

地デジを導入するために電器店に行ってきたが、驚いた。

僕は、単にチューナーを買って繋げば、簡単にデジタルに変換してくれると思っていた。
ところが、テレビを録画するためにはチューナーを二つ買わねばならず、しかもややこしい配線方法で器械を繋がねばならないらしい。

やってられない。
大人しく、普通にデジタルのテレビと録画機を買うことにしたが、突然の出費ではないか。
こんな大変なことを、僕に一言の断りもなく決定した政府は許し難い。
しかも、最近はテレビをほとんど見ないので、使わないもののために多額のお金を注ぎ込むのも馬鹿らしいことだ。

地デジ導入戦線、異状あり。
戦略の練り直しだ。

エル・トポ

「エルトポ」を見に行ったが、さっぱりわからず。
カルト映画の最高峰と言われるほど、異常な映画にも見えなかった。
訳のわからない映画なら、「アンダルシアの犬」のほうがもっと訳がわからず、もっといい。

インセプション

先日、「インセプション」を見に行った。

登場人物が夢を見て、夢の中でさらに夢を見て、さらにその中で夢を見る……という、多層的な、とても複雑な映画。
それに、いかにもハリウッド的な、派手なドンパチや爆発、カーアクションなどが追いかぶさる。

なかなか面白かったが、こういう映画を見ると、何一つ事件らしい事件が起こらず、淡々と訳もわからず過ぎていく物語が見たくなる。
ちょうど、脂っこく巨大なTボーンステーキに飽きて、あっさりとしたお茶漬けを食べたくなるようなものだ。

君は隠された真実を見たいか?

ザ・コーヴを「隠し撮りだ」「盗撮だ」と言い募っている連中は、結果的に映画の宣伝に手を貸している。
彼らのおかげで、コーヴの大ヒットは間違いないだろう。

なぜなら、人間は誰しも「隠しされた真実」をこの目で見たいと思うものだからだ。
実はコーヴ制作者の手の込んだ宣伝法ではないかと思われるほどだ。

ザ・コーヴ

ザ・コーヴを見てきた。

アカデミー賞を取った理由がよくわかる、とてもよくできた映画だった。
スパイ映画、サスペンス物、エンターテインメントとしては上出来だろう。
実際に見ずに「反日映画なんて見る価値がない!」と叫んでいる心の狭い連中が、哀れになってくる作品だった。
最後のイルカ漁のシーンは、確かに凄まじかった。

隠し撮りしたことを色々言う人が多いが、本来は漁師たちがイルカ殺しの現場を隠すから悪いのである。
イルカ漁は個人の部屋の中で行われているのではない。
オープンスペースである海の上で行われているのだ。
いったい、どういう法的根拠に基づいて隠すのだろう。

もしイルカ漁が誇るべき日本の「文化」なら、堂々と全世界の人に見てもらっていいはずである。
それができないのなら、どこかに後ろめたいところがあるに違いない。


イルカ漁の方向性は、変わらざるをえないだろう。
よく「イルカ食は日本の食文化だ」と主張する人がいるが、それは大嘘だ。
そういう人は、たいていは実際にイルカ料理を食べたことがないのである。

日本の捕鯨も、変わらざるをえない。
僕の考えとしては、調査捕鯨はすべてやめるべきだ。
そして、古式の沿岸捕鯨だけを細々と続ける。イヌイットの生存捕鯨と同じである。
これなら世界的に認められる可能性は強いし、どうせクジラの消費量は激減しているのだから、沿岸捕鯨だけで十分なのだ。
日本人全員が古来から、クジラ肉を盛大に食べていたというのも、もちろん大嘘である。
日本人全体がクジラ肉を食べ始めたのは、実は終戦後のことにすぎない。


イルカ料理、クジラ料理については、拙著の『世界奇食大全』(文春新書)の中に書いてあります。