杉岡幸徳の著作

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いい加減なことは正しい

シャーロック・ホームズ物の話。

ワトソンのファーストネームはジョンのはずなのに、『唇のねじれた男』の中では、なぜかワトソン夫人はワトソンに「ジェームズ」と呼びかけている。
『まだらの紐』では、蛇をミルクで飼育するシーンがある(ミルクを飲む蛇はいまだ発見されていない)。
こういう例は多々あって、樋口一葉の『たけくらべ』でも、「筆屋」「筆や」など表記の揺れがある。

もしこれが現代なら、校閲者が指摘して直させるはずだ。
しかし、これが「正しく」記述されていたら、小説のアラを探すシャーロキアンの楽しみも激減し、誰もホームズ物を読まなくなるかもしれない。

つまり、いい加減なことは正しいことなのだ。
何でも正確に書けばいいというものではない。

ちなみに、なぜワトソン夫人はワトソンにジェームズと呼びかけたかのという謎については、僕は「当時、ワトソン夫人はジェームズという男と浮気していた」という説を採用している。

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