杉岡幸徳の著作

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自由からの遁走

自由を求めているのは、極一部の変態だけである。

たいていの人間は、できる限り自由から逃れ、強者から支配されることを望んでいる。
そんなことは、世界中を見渡せばわかる。

ラッスンゴレライを右から左に受け流す

「ラッスンゴレライ」が原爆を意味していて、あのコントは在日朝鮮人の日本人に対するヘイトであるという説を聞いて、「よくできたジョークだな」と関心していたのだが、これを本気で信じて広めている人がいると聞いて驚いた。

このコントが「反日左翼の謀略」なら、何年か前にはやったムーディー勝山の「右から左に受け流す」はどうなるのだろう。

これは見事に「右翼から来たものを左翼に受け流す」という意味になり、完全なる「反日左翼の歌」になってしまうのだが、何であのとき一部の日本人は騒がなかったのか。


おそらく、ここ10年以内で、日本人の質は恐ろしく劣化しているのだと思う。
そしてその始まりは、残念ながら3.11だったと考えざるを得ない。

8.6秒バズーカの過ちは、日本にはここまでアホな連中がいる(想像を絶するほど!)ことを計算に入れてなかったことであろう。

生と死

生きるということは、死につつあるということだ。

ロカビリーとパンク

50年代のロカビリーのアルバムを聴いていると、とんでもないクズ曲・クズ演奏が出てきて驚く。おおらかでいい加減な時代だったんだなあ。パンクの下手さとはまた味わいが違う。

パンクの下手さは、いわば確信犯である。「誰が上手くなってやるものか、テクニックなんか犬に食われろ!」というアンチテーゼ。

ロカビリーの下手さはただ技術が追いついていない、純粋な下手さ。単にレコーディングを一日で終わらせないといけないから、一気に適当にでっち上げたというか……。

二人の女

上西小百合議員は面白い。

小保方晴子氏にているところもあるが、決定的に違うところがある。

上西氏の記者会見を少し見ていたが、彼女は明らかに不合理な言い訳を、虚ろな目をして、薄ら笑いを浮かべながら話していた。
これは、自分の言っていることは嘘であることを認識していて、そのことに対して罪悪感を抱いているからだろう。


しかし、小保方氏に「笑い」はない。
彼女の目はいつもまっすぐである。真剣な瞳を輝かせながら「STAP細胞はありま~す」という、あの歴史的名言を吐いた。

これは、上西氏とは全く役者が違うことを示している。
小保方氏は、自分が嘘をついていることを認識しておらず、自ら作った嘘に自ら酔わされているのだ。

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