杉岡幸徳の著作

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自己啓発と洗脳

前にも書いたが、「自己啓発」という概念は、根源的におかしい。


自己啓発という以上は、あくまで自分で自分を高めねばならない。
言うなれば、山に籠って一人で座禅を組んだり、滝に打たれて瞑想に耽るとかがそれだろう。


しかし、自己啓発書を読んだり、自己啓発セミナーに通っている人々は、あくまで「他人の」本を読んだり、「他人の」セミナーに通っているわけだ。
わざわざ自分で書いた本を読んだり、自分が開催したセミナーに客として参加して、勝手に啓発されている酔狂な者は、まずいまい。


これは正確には「他者啓発」と呼ぶべきであり、よりざっくりとした表現を使えば、「洗脳」ではないか。

つまり、自己啓発がどうのと喚いている人々は、自分の意志と他人の意志の区別がついていない人々なのである。

要するに、すでに頭脳が他者に乗っ取られているわけだ。


この時点で、「洗脳」はとっくに完了しているわけである。

メルトダウンを起こす平行世界

近所に立ち飲みの焼き鳥屋が数軒あって(屋根はない。客は道端で飲み食いする)、そこには「当店では国産鶏肉の稀少部位のみ使用しております」という麗々しい看板が掲げられているが、言うまでもなくこれは嘘なんだろうな。リッツカールトンの事例などを見ると。

焼き鳥は一本100-150円。
ちなみに、この辺りは猥雑な路地が入り組んでおり、かつては闇市があった地帯だという。


それにしても、いまどき「国産」が売りになると思っている神経が凄い。
福一のメルトダウンが起こらなかった平行世界にでも住んでいるのだろうか。

自家製パンの悲劇

既製品のパンを「自家製パン」だと主張するのは偽装に当たるのだろうか。

既製品のパンはどこかの工場で作られているのだろうから、「この工場が私の家だ。心の家のようなものだ」と言い張ったら乗り切れるのではないか。

だいたい「自家製パン」だってどこかの工房や厨房で造られるのだろう。
厳密にいえばそれは「家」とは呼べず、本当に「自家製だ」と主張するなら、その工房で一族郎党が生活をしていなければならない。

そんな「自家製パン」って存在するのだろうか?
もし存在するのなら、僕は絶対に食べたくないけど。

「来熊」しませんか?

熊本に来ることを、地元では「来熊」というらしい。
(読み方は知らない。調べる気もしない)
熊本人しか知らない言葉だろうけど(辞書に載っているのか?)、この手の言葉はほかにもあるのかな?
というか、作ろうと思えばいくらでも作れるんだけど。

例えば、「度田舎村」という村があったとして、そこらに来ることを地元の人は「来度」とか言っているのだろうか。
まあそんな村に来る人は百年に一人くらいしかいないだろうから、意味のない言葉だけど。

革命家としてのブランド詐欺師

メニュー偽装表示 阪急阪神 リッツ・カールトン大阪も


ブランド詐欺は、決して犯罪ではない。
これは、一種の教育的措置である。

そもそも、本当に霧島ポークの味がわかる者なら、偽装された時点で気づくはずである。
こうやってマスコミに暴露されるまで、長い間「自分は高級食材の霧島ポークを食べたんだ」と幸せに思い込んでいたとしたら、それはその人の舌がおかしい。
霧島ポークに舌が追いついていないだけだ。


ブランドを信仰する者は、ブランドに騙される。
ブランド詐欺師たちは、このような盲信者たちに、ブランドの下らなさを親切に教えてくれる、有難い教師なのである。
騙し取られた金はその授業料であり、甘んじて受けるべきだ。


ブランド詐欺師は、ブランドの胡散臭さを暴き、その市場価値を暴落させる、一種の革命家と言っていいだろう。


それでは、ブランド詐欺師を根絶するにはどうすればいいのか。
それは、ただブランドそのものを消滅させればいいのである。

ブランドが存在する限り、ブランド詐欺師どもは付き纏う。
そしてブランド盲信者たちは、いつも嬉しそうに騙されることを待っている。

届かない夢

僕がよく見る夢のパターンはいくつかあるが、そのうちの一つ。

・僕は一生懸命喋ろうとしている。
しかし、全身の力を振り絞っても、声が出ない。
目の前の人は、そんな僕の姿を不思議そうに見ている。それが悲しいので、さらに声を振り絞ろうとするが、出てくるのは微かな喘ぎ声だけ。
結局、僕の声は届かない。


これと似たパターンで、最近現れるようになったもの。

・僕は紙に文字を書こうとしている。
しかし、ペンのインクが切れているのか、何度書いても文字は残らない。残るのはペン先が引っ掻いた傷跡だけ。
さらに懸命に書こうとするが、インクは一向に出てこない。


これらは何を意味するのだろうか? 時々考えている。

魅力

人間は、正しいかどうかが問題なのではない。

問題は、魅力があるかどうかだ。

戦慄

どうやら、実家にオレオレ詐欺の電話がかかって来たらしい。

向こうは僕の名を名乗り、しかもその読み方が間違っていたので、母親が「は?」と聞き返したらすぐに電話を切ったそうだが、もし正しく僕の名前を呼んでいたら、騙されていたかもしれない。
もっとも、ほとんどの人には読めないだろうけど。
どこかで僕の名が載っている名簿を手に入れたのだろうか。

前から言っていたのだが、危ないので、改めて「合言葉」を確認しておく。何か予感がしたので、今年の初めに僕が決めておいたのだ。

しかし、犯罪の触手がこんな身近に迫ってきていることに、戦慄してしまった。

不正は正しい(ある旅芸人の生活)

その旅芸人は、都営アパートに住んでいた。
と言ってもすでに引退し、年金をもらっている。
ただし、年金だけでは生活できないので、生活保護も貰っている。

ところが、奥さんは今も時々芸人の仕事を受けていて、そのことは役所に隠しているという。

いわゆる生活保護の不正受給を目の前で見たのだが、別に腹は立たなかったし、役所に密告する気にもならなかった。


人間には、生きるためには不正を働く権利もあるのである。

第27回 東京読書会レポート

第27回目の東京読書会のレポートをアップしました。

テーマはシェイクスピアの『ハムレット』でした。

11/10 東京読書会28 夏目漱石『こころ』

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第28回目の読書会を開催します。
終了後、食事会もあわせて開催します。
(読書会のみの参加もOKです)

【日時・場所】 11月10日(日)
・15時~17時 読書会
 ルノアール四谷店 会議室6
 
・17時~ 食事会
 福の花

【費用】
・読書会……1000円(飲み物代と部屋代込み)
・食事会……3000円程
     
【定員】 20名
 
【テーマ】
夏目漱石『こころ』

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~友情と恋の、どちらかを選ばなくてはならなくなったら、どうしますか~

鎌倉の海岸で、学生だった私は一人の男性と出会った。

不思議な魅力を持つその人は、“先生”と呼んで慕う私になかなか心を開いてくれず、謎のような言葉で惑わせる。

やがてある日、私のもとに分厚い手紙が届いたとき、先生はもはやこの世の人ではなかった。

遺された手紙から明らかになる先生の人生の悲劇――それは親友とともに一人の女性に恋をしたときから始まったのだった。
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この作品について、お茶を飲みながら自由にトークします。
真面目な話をしなくてかまいません。脱線も歓迎。
脱線をしながら、色んな芸術分野に話の翼を広げていくのが理想です。
今までの会の様子はこちらをご覧ください。

なお、mixi、Facebook、ブログで同時に募集します。

参加ご希望の方は、こちらまでメールをお願いします。
食事会に参加ご希望の方は、その旨もお書きください。
みなさん、お気軽にお越しください。

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