杉岡幸徳の著作

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毒婦

木嶋佳苗の裁判を追ったルポ『毒婦』を読む。

正直言って、まったくの失望の作品だった。これほど読んだ後に空虚感と不快感、嫌悪感が残る本も珍しい。

著者は、古典的な、いまどき珍しいフェミニストだ。何でも「男」と「女」の対立軸で捕え、男は強い加害者であり、女は弱い被害者であるという図式に凝り固まっている。
そして言うまでもなく、こういう発想こそが、最も女性を差別しているのである。

著者の木嶋被告に対する共感は隠すべくもなく、その一方で、被害者の男性を嘲笑う。それは、あまりにもあからさまだ。
本質的に、男に対して敵意や反感を抱いている人なのだろう。だから、男たちを殺戮しまくった木嶋被告が、まるで天使か救世主のように見えるのだろう。
著者は、検察官までも、それが男性と言うだけで嘲弄する。
要するに、「凡庸な、あまりにも凡庸なフェミニズム本」だった。

木嶋佳苗の事件は、興味をそそられる、驚くべき事件だ。
それだけに、こんなカビの生えた思考を持つ著者ではなく、まともな人に書いてもらいたかった。この著者以外だったら、誰でもいい。はるかにましなものが出来上がるだろう。


多くのフェミニストは、自分が「女」であることをしきりに強調する。
しかし、それは自分が「女」であることに自信がないからだ。
本当に自分の女性性に自信のある女は、わざわざ自分が女であることを強調したりしない。そんなことをしなくても、周りの男たちが自主的に「女であること」を認めてくれるからだ。

逆に、自分が男であることを強調する男も、自分の男らしさに自信を持っていない。
男らしい男ほど、女々しい存在はないのである。

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