杉岡幸徳の著作

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『大人の文房具』

『大人の文房具』(普遊舎)というムックで、僕が仕事道具についてインタビューを受けています。

はっきり言って、全然大した道具は使ってはないのですが、何も考えずにインタビューを引き受けました。僕の道具が撮影されている時も、そのみすぼらしさに赤面しました。
仕方ないので、
「僕は道具を信じない。僕自身が道具であり、メディアなのだ!」
などと、我ながらよくわからないことを喋って来ました。
よかったらご覧ください。

ビールカレー

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昼食は、先日富山で買ってきた「ビールカレー」なるものを食す。

「秘境黒部峡谷が育んだ宇奈月地ビールでじっくり煮込みました」という。

ビールのホップが、はるか彼方で香り、響いている感じはあったが、それほどビール臭くはない。
まあ、普通のカレーでした。

カスパー・ハウザー

どうもドイツ語圏には、人間を監禁するという事件が多くないか。そう言えば、あのカスパー・ハウザーが現れたのもニュルンベルクだったはず。

カスパー・ハウザーについてネットで調べていたら、「自作自演だ」という声が結構あって驚く。匿名のネット空間では自作自演が簡単にできるので、現実世界でもそうだと思っているのだろう。
カスパーは襲われて死んだのだ。そんなに簡単に自作自演できるわけないじゃないか。

そう言えば、イラク戦争の時は、いろんな国の人が人質になったが、「自作自演だ」とか言って自国民にネットで罵られたのは、日本人の人質だけだ。他の国では、人質は英雄とみなされている。
やはり、この国のインターネット空間は、異常だと言わざるを得ない。

9/25 東京読書会(3) 夢野久作 『氷の涯』

9/25(日)の16時~18時、読書会の第3回目を開催します。

会場は、神保町の喫茶店「喫茶去」の座敷を借りきって行います。

今回のテーマは、Spiderlilyさんお薦めの、夢野久作の中編小説『氷の涯』です。

Spiderlilyさんによる作品のご紹介です。
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 奇書であり超大作の『ドグラ・マグラ』があまりにも有名な作家・夢野久作。他にも『少女地獄』や『瓶詰地獄』など特異な世界観の作品で知られる彼だが、実際には読んだことがないという人も多いのではないだろうか。

 次回の読書会は夢野久作の『氷の涯』にスポットをあてる。『氷の涯』は久作作品の中ではあまり知名度がない部類に入るが、意外にも(!)読み応えのある中編小説である。『ドグラ・マグラ』の難解なイメージから夢野久作を喰わず嫌いしている人にこそ読んでみて欲しい。

 物語は「遺書」の体裁を借りて語られる。旧満州国ハルビンを舞台に、罠にはめられて居場所を失った日本軍司令部当番兵の上村と、ロシア人の娘ニーナの逃亡劇を描く。日本軍、赤軍、白軍及び謎の待合い「銀月」の女将の思惑に翻弄され、怪事件の大立物と見込まれ、逃亡を余儀なくされた上村。上村の独白を通じて、一体何が真実なのか、二転三転する視点に酩酊のような感覚を味わうことができます。ラストのたたみかけるような美しさは圧巻。上村の流浪の果てには一体何が待っているのか……?
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この小説について、お茶を飲みながら自由にトークします。
真面目な話をしなくてかまいません。脱線も歓迎。
脱線をしながら、色んな芸術分野や世界に対して話の翼を広げていくのが理想です。

費用はお茶代のみです。
なお、mixi,Facebookでも同時に募集します。

テキストを読んで来られるのが望ましいですが、「会の雰囲気を知りたい」という方のために、読まずに来られるのも歓迎します。
今までの会の様子はこちらをご覧ください。


参加ご希望の方は、コメントを書き込むか、僕までメールをお願いします。
みなさん、お気軽にご参加ください。

本よさらば

いらない蔵書を売り飛ばし、残りの単なる仕事の資料は電子化してしまうことにする。場合によっては、キンドルなどの電子書籍端末も買う。
紙の本として残すのは、文学書、本当の愛書のみ。

これで部屋はかなり片付くに違いない。
仕事の資料は、数年に一度しか参照しない物も多い。そして、そう言う本に限って500ページくらいあったりする。
僕はコレクター趣味はないので、よけいな本は仮借なく片づけることにする。

この世に必要なものなんて、そんなにないんだ。

ニーチェ

すでにニーチェの解説書がコンビニで売られる時代が来ている。すごい。
長い間、ニーチェと言えば、反社会・反権力の哲学者だと思っていたが。今ではサラリーマンの教則本になっているのか。

東京

久しぶりに街に出ると、東京はいかにも不愉快そうに顔をしかめていた。
放射性物質が気になるのかもしれない。

偏向

自分の気に食わない物のことを、人は「偏向」と呼ぶ。

奇怪な読書会

いろんな読書会があるんだな。
僕が一番驚いたのが、「自分がまだ読んでいない本を持って行って、その場で30分で読み、その後内容を二分でプレゼンする」という読書会。

30分で読めて、2分で要約できる本ってどんな本なんだ?
どうせ、クズのようなビジネス書や自己啓発書だろうが、そんなもんばっかり読んでいるとアホになるぞ。

哀切

近くに、テレビでもよく取り上げられる、女性一人でやっている手作りのパン屋さんがある。
玄関のボードには「当店は岩手産の○○という品種の小麦を使っています」と誇らしげに書かれていた。

ところが、最近この「岩手産」の表記が消え、変わって「当店では放射線検査に合格した小麦を使っています」という文句になった。

なんだか切なくなった。

サティと名曲喫茶

名曲喫茶では、会話禁止が多い。しかし、エリック・サティをリクエストして、ペチャクチャ喋りはじめたらどうか。サティは「家具の音楽」を提唱し、「私の音楽を聴くな。会話を続けろ」と言っていたのだが。サティに関しては、会話で音楽を邪魔するのが「礼儀」なのだ。

テーマ

僕のテーマは、僕自身だ。それ以外にはない。

TOKYO FMの「Blue Ocean」に出演

Tokyo FMの「Blue Ocean」に出演してきました。一時間ほど。

パーソナリティーの望月理恵さんは乗りのいい女性で、出身地も僕のすぐ近くだと判明。
放送外で話していて、時々言葉が関西弁になるのがかわいい。
それで、「普段も関西弁で喋ると、さらにもてますよ」と言っておきました。
ユーモアやボケ・ツッコミのわかる人なので、話しやすかった。
ありがとうございました!

卑小

「媒体ごとに文体を変えていく」……そんなに器用で、退屈で、卑小なやり方でいいのか。ワーグナーは、自らの作品を上演するために、専用の劇場すら作ったのだ。どこの劇場も、オーケストラも、彼の理想とする芸術を、完全に体現することができなかったからだ。

恋愛

恋愛ではない。
人生そのものだ。

マザー・テレサ

彼女はこう言っていた。
「私、マザー・テレサみたいな優しい人になりたいの」

しかし、彼女は僕を見捨てた。
僕は、マザー・テレサにすら捨てられた男だ。

伊豆の踊子

川端康成の「伊豆の踊子」を中学生以来の再読。正直言って、大した作品とは思えなかった。昔読んだ時も感動はしなかった。「涙がぽたぽた零れる」といった、常套的表現も気になった。なんでノーベル賞が取れたのか、わからない。新感覚派なら、横光利一のほうが段違いにすごい。

本と娼婦

「本と娼婦はよく似ている。どちらもベッドに連れ込める」と言ったのはヴァルター・ベンヤミンだったが、それが電子書籍だったらどうだろう。ダッチワイフをベッドに連れ込むようなものか。

東京読書会 第二回目 8/21

東京読書会の第二回目を、8/21(日)に開催します。
今回のテーマは、内田百閒の短編「サラサーテの盤」です。
みなさん、お気軽にお越しください。

詳細は、こちらをご覧ください。

恥辱

恥をかくことは、勲章である。

ゴーゴーカレー

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渋谷で、前から気になっていたゴーゴーカレーを食べる。金沢のお店らしい。

ねっとりとした、男くさい味。キャベツは食べ放題だった。

核アレルギー

「日本人には核アレルギーがある」というのは、大嘘である。もしそうなら、こんな狭い国に、47基もの原発を作れなかったはずだ。現実は全く逆で、日本人ほど、核に対して鈍感で、寛容な民族はいない。だからこそ、フクシマという、人類史上最大の事故を引き起こしたのだ。

メディアの責任

メディアに責任感なんか、全く必要ない。
無責任なほうが、遥かに面白いものが創れるからだ。

マスコミ批判

マスコミを批判する資格があるのは、マスコミだけである。
それ以外の者が批判しても、全く相手にもされない。

週刊文春に寄稿

今日発売の週刊文春に、僕が寄稿させていただいています。

椎名誠さんの連載「風まかせ赤マント」のスペースを間借りする形で、エッセイを書かせていただいています。
椎名さんは僕が昔から大好きな作家ですので、こういう形で書かせていただけるのは、とても嬉しい。
『インドでわしも考えた』なんか、すごく愛読しました。
ぜひ、ご一読ください。

「したり顔」と「どや顔」

「したり顔」と「どや顔」は違う。バカとアホくらい違う。

「どや顔」にはまだ温かさや人間味、ユーモアがあるが、「したり顔」からは上から目線の官僚のような冷たい顔しか思い浮かばない。

サンカ

ある雑誌の連載のテーマを選んでいる。
サンカを取り上げようかと思ったが、これは辞めるかもしれない。

サンカは、確かに異常なオタクと言うか、異様に細かいところを突いてくる研究者が何人かいるので、うんざりしてきた。こういう連中の同類と思われたくない。
もともとサンカには文献がほとんどなく、物証も極めて少ないので、少ない素材を狂信的な研究者が必死でこねくり回しているという感じだ。
もはや、この業界の研究に未来はないだろう。

いくら、三角寛を非難してもしょうがない。
はっきり言って、三角を論難している連中よりも、三角のほうが一億倍は魅力的である。魅力があるからこそ、批判されるわけだ。
いくら懸命に批判しようが、三角の偉大で奇怪な想像力の足元にも及ばない。
巨象の周りを、チンケな野良犬がキャンキャン叫びながら走り回っているようなものだ。巨象は、まったく相手にもしない。

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