杉岡幸徳の著作

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新しい共産主義

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時代は、確実に共産主義へと向かっている。

もうすぐ起こるのは、通貨の消滅だろう。

無責任

無責任な人間は、美しい。

古典と流行物

古典は、永遠に新しい。
流行物は、いつも時代遅れである。

名前

名前は、商品だ。
売ることもできれば、盗むこともできる。
出来る限り、巧妙に売っていかねばならない。

エコノミスト

エコノミストは「木を見て森を見ず」だ。
経済という木は見ているが、世界という森の存在を忘れている。
中東の動乱を言い当てたエコノミストは、一人もいない。

mixiの終焉

mixiは、メールアドレス検索を取りやめた時点で、終わったと思う。
そんなにメールアドレス如きを知られたくないものなのか?
これでは現実的な付き合いや、仕事にはまったく使えない。

この世界を支えるのは、現実しかありえないことは、今も昔も変わらない。
幻想すら、現実の中にあるのだ。

Facebook

Facebookをちょこっと齧っているが、なんだかよくわからないが、これはすごいんじゃないかと実感してきた。
中東の革命も、このサイトが一役買っているのは周知の事実だ。
日本においても、おそらくこれがインターネットの主流になるし、逆に言えば、ならなければならないと思う。

もう少しやってよかったら、mixiから引っ越そうかとも思っている。
両方やる意味は、あまり気がする。
Facebookには、足跡機能などの、鬱陶しい、何のためにあるのかわからない機能がないのもいい。

実名での登録者が半数を切った時点で、もはやmixiの価値はない。
名前も知らず、顔もわからず、会ったこともない人と「交流」して、それが何になるのか。最近、痛切に感じてきている。
実名が多かったころのmixiは、そこから仕事がやって来たりしていたが、最近はほとんどない。

自信

「自信を失ったら、他人の書いた下手な物を読め」
というのは本当か。

今日、ある新聞の連載小説を読んで、そのつまらなさに驚愕する。
紋切り型表現の嵐。
作者が熱心に読書しているのはわかるが、どこかで聞いたような言い回しばかりで、著者独自の表現はどこにもない。
これは書いていて楽だろう。

僕が書くとき苦労しているのは、理想が高すぎるからだとわかる。
この程度の小説でも、大新聞の朝刊の連載が取れるのだから。

僕も気楽に書こう。

実名

A「インターネットは危険だから、実名は出せない」

B「君は、交通事故に遭うかもしれないから、外には出ないのですか?
 スリに遭うかもしれないから、町には出かけないのですか?」

Punk girl

最近、小向美奈子から目が離せない。
パンクで、いい女じゃないか。
次の行動が予想できないのもいい。
そういえば、二年ほど前に、美奈子ちゃんが「芸能界の枕営業」について週刊ポストに暴露した時も、雑誌を買ってしまった。
あの頃から注目していたのか。

鯨は勝手に食べなさい

実を言うと、鯨の肉より、ウニやトロや高級牛肉のほうが高い。
それなのに、鯨はなぜあまり食べられないのか。

その答えは、「不味いから」しかないだろう。
鯨肉は余っているのだから、そんなに捕鯨の行く末が心配な人は、勝手にどんどん食うがいい。
ウダウダ理屈をこねている暇があったら。
さもないと、シーシェパードなんかなくても、捕鯨は消滅するだろう。

想像力

芸術家は、自分の想像力だけに責任を持てばいい。

社会、道徳、法律に対しては、まったく無責任であってかまわない。

伝統

伝統とは、想像力を失った者の最後の逃げ場である。

読書

本を真面目に読むということは、その著者に対して大変失礼なことである。

八百長スポーツを楽しめるか?

八百長のスポーツを、喜んでみる一般人は存在しない。
それは、プロレスの凋落ぶりを見れば、よくわかる。

八百長の試合を見て楽しめるのは、次の二種類の人間しかいない。

1)特殊なマニア
2)ギャンブルをしている連中

これからの大相撲は、公益法人格を剥奪され、この二種類の特殊な人種の前で、裸で踊ってみるしかないだろう。

サンデー毎日にインタビューが

今週のサンデー毎日の「性のパワースポット」という記事で、僕がインタビューに答えています。
よろしかったら、ご覧ください。

それにしてもこの雑誌、火曜日発売なのに、なんで「サンデー」と言うのだろう。
不思議だ。

英断

八百長問題で春場所中止 大相撲消滅の危機

英断だろう。

いま開催すると、八百長をやるわけにはいかない。
だが、すべてガチンコでやると、故障者が続出、土俵の上は死屍累々になってしまう。

つまり、大相撲の興行とは、八百長=ペテンなしには成立しない「見世物」なのだ。
「なんで中止にするんだ! 楽しみにしているファンはどうなるのか!」と反発している人は、結果的に相撲協会の足を引っ張っているのである。

八百長は悪か?

「相撲の八百長の何が悪い? 別に犯罪ではない」
と開き直っている人。

それは、相撲協会の人々に言ってあげてくださいな。
なにしろ彼らは、八百長を告発した週刊現代を、名誉棄損で告訴しているのですから。
彼らは、八百長が悪だと思っているようですよ。

しかも、彼らは法廷で「相撲に八百長は存在しない」と証言しているわけです。
これは偽証罪(3月以上10年以下の懲役)に当たります。
これも犯罪ではないわけですか?


相撲は世界最強の格闘技

やはり、相撲こそ世界最強の格闘技だろう。

あまりに強すぎるため、本気でぶつかったら、土俵の上は死屍累々になってしまう。
だからこそ、力士たちは手を抜き、律義に八百長しているのである。

相撲に八百長性があることこそ、相撲の強さと誠実さの証明なのである。

疑問

「相撲はスポーツではなく、神事であり、伝統芸能である。(だから八百長があっても構わない)」
と主張している人。

あなたは今まで、「相撲をスポーツコーナーで取り上げるな!」と、テレビや新聞に抗議してきたのでしょうね?
まさか、今になって急に言い始めたのではないですよね?


また、
「相撲は八百長があって、白黒はっきりしないところが粋なんだ」
などとほざいている人。

あなたは、デブが二人抱き合って、ハアハア言ってるだけの見世物が「粋」だと思ってるんですか?

相撲協会を指定暴力団に!

リンチで殺人したり、クスリをやったり、素人に暴行したり、八百長したり、ヤクザと付き合ったり、違法ギャンブルに手を染めたり……。

本当に、こいつらよくやってくれるよね。

相撲協会は、そろそろ指定暴力団に認定してあげてもいいんじゃないか。
やってることは同じだから。
公益法人なんかおこがましい。さっさと取り上げて、社会をあげて徹底的に弾圧してやったほうがいい。
そうでもしないと、この腐りきった連中はわからないだろう。

大相撲と障害者プロレス

あえて言うが、大相撲と障害者プロレスは同じではないか?

大相撲は「極度の肥満」という奇形者が取り組みしているし、八百長もあるのだから、プロレスと同じじゃないか。

実は、昔から日本人は、相撲を見世物小屋の障害者の芸と同じように見ていたのではないか?

日本の国技は「パチンコ」にせよ

自称「日本の国技」である相撲はお取りつぶしにせよ。

代わって、国技は「パチンコ」ににすればよい。
ロシアではチェスがスポーツだとされている。
幸いにも、パチンコには相撲ほどひどい八百長はない。
相撲よりもはるかにクリーンなのだ。
しかも、日本国民にあまねく愛されている。これほど「国技」の名にふさわしいスポーツはない。

「相撲に八百長はつきもの」と開き直る人

「相撲に八百長は当たり前。前からわかっている。ファンはそれを織り込み済みで楽しんでいた」

などとしたり顔で言っている人。

あなたは、そのことを、今まで何度も公の場で主張してきたのでしょうね? 
まさか、今初めて言い始めたのではないですよね?
もし知っていたら、どうして今まで黙っていたのですか?
何か後ろめたいことがあったからですか?

八百長

相撲って、単なるデブの転がし合いだと思っていたが、八百長までやっていたのか。

これが自称「日本の国技」なのか。
笑わせる。
さっさとお取りつぶしにしちまえ。

こんなものが日本の伝統なら、八百長も、野球賭博も、暴力団と付き合うのも、日本の麗しき慣習なのか。
こういう連中は、結果的にわが国を侮辱していることがわかっていないのか。

前に中島らも氏も言っていたが、そもそも「押し出し」なる物が、格闘技の技なのか。
そんなものは、満員電車に乗っているサラリーマンなら、毎日やっているではないか。
「八百長でもいい、面白ければ」としたり顔で言っている者は、こんなものが本当に面白いと思っているのか。

こんなものを「公益法人」に祀りあげるなら、相撲協会と仲のいい山口組も、同じく公益法人に認定することをお勧めする。

エジプトと日本

エジプトでは、インターネットが政府を倒した。

翻って日本のインターネットは、一般市民のプライバシーを暴いたり、たかがおせち料理の偽装ごときに大騒ぎしたり。
その程度が「正義」だと思っている。

なんという違いだろう。
これが「民意」の差だろうか。

伝統と詐欺師

文化や伝統というものは、詐欺師の最後の逃げ場である。

大相撲や歌舞伎を見ていると、それがわかる。

世の中いろいろ

「整体の先生に変なとこ触られた!」と、70歳くらいのとんでもないお婆さんが、嬉しそうに騒いでいた。

世の中いろいろだな。

したたかに

出来る限り、したたかに、狡猾に生きろ。

この世がタフならば、お前もタフになることだ。

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