杉岡幸徳の著作

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芸術家はいかに転がり続けるか

先日、『世界奇食大全』(文春新書)なる本を上梓した。

僕が世界中の変わった食べ物を食べ、それをひたすら論評したものだ。

カンガルー、ザザムシ、メダカ、サソリ、サボテン、ラクダのこぶ、クマ、ウサギ、酒ずし、漬け物のステーキ、土のスープ、蜂の巣、バクラヴァ(世界で一番甘いお菓子)といった伝統的な奇食から、パイナップル茶漬け、みかんご飯、シュールストレミング(世界で一番くさい食べ物)、サルミアッキ(世界で一番まずい飴)、アブサン(幻覚を呼ぶ酒)、味噌カレー牛乳ラーメン、納豆コーヒーゼリーサンド、味噌カツ丼アイス、カレーラムネ、ふなずしパイといった新しい物まで、最後の奇食リストを含めると、150ほどの変わった食品について書いてみた。
 

「何を食べているか言ってみたまえ。君が何者か当てて見せよう」
とフランスの高名な美食家ブリア=サヴァランは言ったが、確かに食べ物は人間そのものだ。料理を知ることによって、人間文化の根源がわかるのだ。
この本は、単なるイカモノの紹介にとどまらず、なぜこんな奇妙な料理が生まれたのかという、人間世界のドラマや悲哀も、あわせて描いている。


ところでこの本を出したら、ある人に言われた。
「君は奇祭について色々書いてたんじゃないの? あれはどうなったんだよ」
もちろん、僕は今も奇祭について書いているし、取材も続けている。それと平行して、平然と食文化についても調べ、著述していくということだ。

だいたい、表現者は一つのテーマに縛られるべきではない。

たとえばここに、リンゴの絵をよく描く画家がいるとする。
しかし、彼は別にリンゴオタクではない。リンゴ研究の学者でもない。
リンゴの描写に一生を懸けることなど、夢にも思わないだろう。たまたま、自分の芸術を表現する手段として、そこにリンゴがあっただけだ。

そしてある時、彼は突然美しい女の裸体を描きはじめ、周囲を驚かせるだろう。
しかし、彼自身は少しも驚いていない。それは、彼の内部では必然の出来事だったのだ。
彼の真の目的は、内面に渦巻く美の幻影を表現し尽くすことであり、リンゴも輝く女の柔肌も、等しく彼の芸術に奉仕する素材にすぎないのだ。


芸術家は、美の奴隷になるべきである。
モチーフの奴隷になるべきではない。


僕も一人の物書きとして、これからも常に転がり続け、変貌し続けるだろう。

食べ物とは人間の本質であり、世界を動かす原動力である。これを書き続けるのは当然だが、それと平行して、小説やフィクションの方向にも足を向けていく。
もともと僕の文体は、強烈に主観的な色彩に満たされているため、本来はフィクションに向いているようだ。

だいたい、僕が最初に書いた本は、オーストリアのジャンキー詩人ゲオルク・トラークルについてのものだったから、常に変転してきたわけだ。

表現者は、変わり続けてもかまわない。むしろ、変わるべきである。
ただ、頭上に煌めく星たちから目を背けなければ。
 

幸いにも最近、
「杉岡さん、次はどんなことを書き始めるんですか? 楽しみです」
とも言われるようになった。

こうやって読者をワクワクさせ、時には呆然とさせるのも、物書きに与えられた楽しい使命ではないだろうか。


(初出:書人宝庫)

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