杉岡幸徳の著作

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怪しい「江戸しぐさ」

最近いろんなところでもてはやされている「江戸しぐさ」
怪しい。怪しいですねえ。

「肩ひき」「腰うかし」「傘かしげ」……。
たとえば、「傘かしげ」とは、狭い路地ですれ違いざまに、お互いに傘をかしげて、ぶつからないようにする。
相手を思いやる江戸っ子の粋さで、殺伐とした現代人が忘れた意気がそこにある……という言われ方をしている。
(ちなみに、僕の家の近くにも狭い路地があるが、そこでは今でも雨が降ると必ず「傘かしげ」をみんなやっています。やらないと通れませんので)


しかし、これなんかおかしくないか。
江戸って、「火事と喧嘩は江戸の華」と言われたように、ほとんど現代のバクダッドのように治安の悪い場所じゃなかったのか。
「傘かしげ」をしてみんなが思いやりあっていたら、はじめから喧嘩など起こるわけないんだが。
ましてや、喧嘩が名物になることなどありえない。

だいたいこの手の道徳は、必ずしも実際に行われたのではなく、単に「理想」とされただけのものが多い。実行されないからこそ「理想」なのだ。

昔、小学校とかで「オアシス運動」とかいうのがありましたねえ。
オアシスの「お」は「おはよう」、「あ」は「ありがとう」……というように、「こんなふうに気持ちよく挨拶したいですね」という運動だが、こんな運動が起こるということ自体、実はみんなまともに挨拶していない証拠である。

道徳と言うものは、だれも実行しないからこそ「道徳」なのだ。みんなが実行すれば、それは道徳ではなく、ただの「現実」に過ぎない。

江戸しぐさと言うのは、口伝えで伝わった極めてあいまいなものだが、これは単に「こうあったほうがいいですよ」という理想論で、「昔はよかった」という郷愁じゃないだろうか。
ひょっとしたら、「過去を美化する」と言うのは、人間の記憶のメカニズムの一つなのかもしれないが、それでもあんまり根拠の薄い「過去素晴らしい論」には、いつも素敵な胡散臭さが付きまとう。
これは、一種の宗教だ。


ちなみに、江戸しぐさには「うかつあやまり」というのがある。
これは、足を踏んだほうではなく踏まれたほうが、「わたしがうかつでして申し訳ありませんでした」と謝ることらしい。
「ぼんやりしていて踏まれた側にも責任がある、思いやりの心」ということらしいが、これは単に「被害者の立場が弱く加害者が強い弱肉強食」ということではないのか。
こんな社会では「喧嘩は江戸の華」とされていたのも当然だろう。喧嘩が絶えないのも無理もない。

「江戸しぐさ」とは、ジャングルのルールであり、弱肉強食の法則であり、ヤクザの掟みたいなものだったのであろうか。


こちらによると、江戸しぐさとは未公開かつ口伝えで伝えられてきたゆえ、文献は存在しない。「江戸しぐさ」と名前がつけられたのも最近と言う、本当にそんなものが存在したのか、極めて怪しいものなのだ。
たとえば「人が話している時にメモを取るな」という「江戸しぐさ」もあるらしい。
「うーん、さすが昔の人は偉かった、素晴らしい教えだなあ……」
などと感心する前に、
「江戸時代に『メモ』という言葉があったのか」
「鉛筆やボールペンのない時代に、筆で人の話を『メモ』するのは結構大変じゃないか」
などと考えてみるべきだろう。


「突然の訪問、遅刻で人の時泥棒をするな」という江戸しぐさも怪しいなあ。すごく現代的な匂いのする「しぐさ」ですね。

江戸時代の時刻は不定時法で、庶民は正確な時計など持っていなかった。
「遅刻」という概念は、正確な時計と、時間を強制する存在があって初めて成立するのだ。時計がまともにない時代に「遅刻」が存在するわけがない。
というか、時計がなければ、はじめから「時間」も存在しないのである。時間とは、時計という機械が生み出した、人工的な発明品なのだ。
遅刻という概念自体が、実はつい最近生まれた、歴史的なものなのだ。

こちらによると、

「時間規律」は、日本人の民族性によるものではない。  巻頭の序文には、江戸末期の日本人を描写した外国人の紀行文(カッテンディーケ『滞在日記抄』)が紹介されている。「『日本人の悠長さといったら呆れるくらいだ』という文句」が示され、「修理のために満潮時に届くよう注文したのに一向に届かない材木、工場に一度顔を示したきり二度と戻ってこない職人、正月の挨拶まわりだけで二日を費やす馬丁など」と次々例示されるのだ。

こんな時代に「突然の訪問、遅刻で人の時泥棒をするな」などという、極めて現代的な「江戸しぐさ」が存在するわけがない。

だいたい「突然の訪問」もなにも、電話や電報が存在しない時代には、人を訪れることは、ほとんどすべて「突然の訪問」じゃないんですかね。
江戸時代の人は、人を訪れる前に、必ず手紙でアポイントメントを取ったり、御用聞きに「五日後の酉の刻に八っつあんがお邪魔しますぜ」と一言断らせたりなどの、面倒くさいことをしていたのだろうか。
「訪問する前にアポイントメントを取る」という発想自体、電話や携帯電話で簡単に連絡の取れる現代人の発想じゃないのか。

「江戸しぐさ」とは、現代人が、現代人の感覚で勝手に捏造した、架空の「教え」としか思えないのだ。


今調べてみたら、こちらにこんな記述がありました。
「江戸しぐさ」を記した文献はどこにも存在しなく、それを聞き伝えてきたのはわずか「一人」らしい。
これは江戸しぐさを文章に残すことを禁じられたからだが(なぜ?)、不思議なことに「文章に残すことを禁じられた」にも関わらず、現代においてそれをわざわざ本にし、印税を受け取っている人々がいる。
いい加減というか、ますます怪しい「教え」ですねえ。

江戸しぐさは口承(口伝)でのみ残し、成文化は禁忌とされていたそうな。だから明治維新を期してはじまった焚書坑儒ならぬ江戸文化壊滅作戦で霧散してしまい、著者の師が唯一継承していたそうな。「私の師・故芝三光(筆者注しばみつあきら)から聞き覚え、教わってきたことである。師は、現代の日本でただひとりの「江戸しぐさ」の発掘、再現、伝承(口承)者であり、「江戸しぐさの良さを見直す会」の主宰でもあった。」(P212)つまり、著者の師でさえも、生の、著者流に言うならばライブ(Live)な江戸しぐさを見聞きし、体験した人ではなく、周囲に江戸を残そうとする人がいなくなる中で祖父やその知人などから旧き良き江戸と江戸しぐさの素晴らしさを聞き、しつけられ、たった一人になっても伝えようとしていたことになり、そんな地道な活動はメディアはもちろん知る人、理解する人も少なく、幸運にも著者が出あい伝承者になった、まあそんなことらしいが、ここでも「なぜ一人」と「自分で都合よく(無意識に)変化させていないか」という考えがよぎる。

こちらも。

その「江戸しぐさ」は明治政府が設立した段階で、商人たちの緻密なネットワークを恐れた政府が徹底的な粛清をおこない、壊滅してしまったそうです。
それを故芝三光師に押しかけ弟子入りした著者が長い時間をかけて聞き出し、考え、整理したのが、この「江戸しぐさ」です。

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