杉岡幸徳の著作

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水止舞を見に行く

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7月14日、東京は大森の変な祭り「水止舞」を見に行った。素晴らしく暑い日だった。

これは、雨を止める祭りである。雨乞いの祭りはいっぱいあるが、雨を止める祭りは世界でも珍しい。
この祭りでは、雨を止めるためと言いながら、男を米俵のお化けのようなものの中に入れ、地面に転がし、水をジャンジャンぶっかける。その間、男は俵の中で、法螺貝を「ブォー、ブォー」と無茶苦茶な音程で吹きまくる。
なんで俵の中で法螺貝を吹かにゃならんのか。とんでもなくマヌケでシュールな祭りだった。

この祭りが面白いのは、まるでイーゴル・ストラヴィンスキーの音楽みたいなところがあることだ。
男が俵の中でヤケクソ気味に法螺貝を吹きまくる背後で、子供達が集まって笛を持ち、極めてまともな神楽を演奏するのだ。
これは、ストラヴィンスキーが「ペトリューシカ」や「春の祭典」で創めた、まったくつながりのない調性のメロディーを強引に組み合わせる作曲法と似ている。
この祭りは約700年前に始まったというから、その頃から、遠く離れた東洋の国で、ストラヴィンスキーの芸術を先取りした祭りがあったということか。
それほどシュールでアヴァンギャルドな祭りだった。東京もなかなかやるもんである。

スターリン建築としての靖国神社

この間、生まれて初めて靖国神社に行ってきた。

といっても、それが目的だったわけではない。たまたま九段に用事があり、そこになぜか靖国神社も存在していたので、仕方なしに見に行っただけだ。

僕が靖国を見て、真っ先に思い出したのが、「スターリン建築」だ。

これは東欧によくある、図体だけが大きくて豪華だが、空虚で野暮ったい建物のことである。スターリン時代に作られたから、この名前がある。結婚式に出てくる、大きさだけは立派なデコレーションケーキのようなものだと思えばいい。
たとえば、ポーランドのワルシャワには、スターリン建築である巨大な「文化科学宮殿」があるが、これについてはこんなジョークがある。
「ワルシャワで一番きれいな景色は、文化科学宮殿から眺めた景色だ。何しろ、あの醜悪な文化科学宮殿が見えないんだからな」

靖国神社もこれに似ている。
スケールだけは大きいが空虚で、白々しい感じをあたえる。
僕は仕事柄、いろんな神社を見ているが、靖国の「新しさ」には驚いた。神社とは、小さくてももっと古びているものなんだが。
これは、靖国の歴史の浅さを物語っていると言えよう。靖国は1869年に東京招魂社として創建されており、別に歴史の古い宗教施設ではないからだ。


今日、高橋哲哉著の『靖国問題』(ちくま新書)という本を買ってきて読んだ。いろいろ目を啓かせる書だった。

この本を読んでわかったこと。

小泉首相の言う、
「日本では死んだら仏様になるという考えがあり、死者の罪は問わない。だから、A級戦犯だからといって差別されるいわれはない」
という理屈は嘘だということ。
少なくとも、靖国はそんな施設ではない。
靖国は、戊辰戦争など、天皇の敵となった戦死者を、一切祀っていない。祀っているのは、いつも天皇の側にいた人間である。
「死者の罪は問わない」のなら、賊軍側も平等に祀るべきなんだが。

もうひとつ。
あるキリスト者が、自分の遺族が靖国に合祀されたとき、合祀をやめるよう求めたのだが、靖国の宮司はこういって拒否したという。
「天皇の意思により戦死者の合祀は行われたのであり、遺族の意思にかかわりなく行われたのであるから抹消することはできない」

ところで、日経新聞の記事で明らかになったように、昭和天皇はA級戦犯の合祀には反対していた。
このことを、靖国側はどう合理化して説明するのだろうか。

奇祭「牛乗り・蜘蛛舞」を見に行く

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7月7日、秋田県男鹿市天王町に「牛乗り・蜘蛛舞」を見に行った。

素晴らしく異様な祭りだった。
麻原彰晃のような格好をした男が、「スサノオノミコト」として牛に乗るのだが、この男はヘロヘロにラリって、人事不省におちいっているのである。

この男がある部屋にこもって出てきた後、ほとんど意識を失い恍惚状態で、一人で牛に乗ることもできないのだ。
それをみんなで担いで乗せ、しかも体を起こすことができないから、みんなが周りで支えているのである。

この男がこもる部屋には、神官を含め三人ほどしか入ることができない。
しかも、そこで行われていることは門外不出の秘密なので、地元の人も何が部屋の中で起こっているか知らないのだ。

そこで何が行われているのか……。
誰も知らなかったのだが、いろんな人に聞いていくにつれ、だいたい何が起こっているかは推測できた。
その秘密は……またの機会に譲りたい。秘密はゆっくり明かしたほうがいいだろうからだ。


北朝鮮ミサイル騒動のペテン

ちょっと日本人の騒ぎすぎ、喜びすぎが目にあまるようなので、少し言及を。

今回の北朝鮮のミサイルは、別に日本領海に落ちたわけではないようだ。そんなことは、「ミサイル着弾点」と「日本の領海等概念図」を重ね合わせればわかる。

北朝鮮のミサイル着弾点

日本の領海等概念図

ただし、「ミサイルの着弾点」は、おそらく防衛庁作成の資料によっている。
奇妙なことに、「点」と言いながら、極めてその範囲が広いことがわかるだろう。それほどいい加減な情報ということだ。

おそらく、日本人はあの海を「日本海」と呼んでいるので、あれがすべて自分の領海だと勘違いしているのだ。マスコミも、「日本海のロシア領に落ちた」と(意図的に?)言わないので、あたかも日本の領海または排他的経済水域にミサイルをぶち込まれたと勘違いする人が続出する。
この国のマスコミは、北朝鮮なみに暗黒・画一的である。

ミサイル発射が平壌宣言に反するのは間違いないが、これをもって直ちに「攻撃される前に敵国を破壊できるようにせよ」とか、制裁決議とかで騒ぐほどでもない。
これで騒いでいる人は、よっぽど暇か、被害妄想か、騒ぐことによって金が儲かるかのいずれかだろう。

僕が一番共感するのが、愛知大学の河辺一郎教授(国連問題)の次のような言葉だ。

「経済制裁は軍事力行使の一歩手前で、『憲章第七章』では同じ文脈で扱われている。そのことが国内でほとんど議論されていない」

「ミサイル発射は確かに問題だが、この程度で経済制裁が決議されたことはない。南アが周辺諸国を侵略し、万単位の人が殺された時でも、米は経済制裁に拒否権を行使し、日本も一貫して反対した」

「拒否権行使は、国際社会で孤立するという見方もあるが、それは日本国内で、そう見られているだけ。今、世界の中で少数派は米英日。少数派の金持ちが、多数派の貧乏人を黙らせている状態。こういう決議案が、賛否分かれずに通ってしまうことの方が問題だ」

「ほのぼの犯罪」強盗が弁当を奪って逃走

殺伐とした世の中に、ほっと心が和むような犯罪を見つけたので、皆さんにおすそ分けを。


弁当店に包丁強盗、弁当だけ奪い逃げる…盛岡

 8日午前3時20分ごろ、盛岡市北天昌寺町の弁当店「ほっかほっか亭天昌寺店」で、客を装い弁当を注文した男がレジのカウンター越しに、女性店員(54)に包丁を突きつけ、「金を出せ」と脅した。

 店員が「できません」と大声を出すと、男は注文した弁当(かき揚げ丼、330円)を奪って逃走した。店員にけがはなかった。 (後略)
Yomiuri Online

心温まる犯罪だ。
まず、店員が「できません」と叫ぶのが素敵だ。
「(お金が)ありません」ではなく、「できません」なのだ。
「金はあるけど、お前にはやらんべ」と、ほとんど犯人に喧嘩を売っているような言葉で、よっぽど弱そうに見える犯人だったのだろう。

さらに、犯人が注文したのが「かき揚げ丼、330円」なのもいい。
多分一番安い弁当だと思う。どうせ踏み倒すのなら、「エビフライのキャビア添え弁当、1270円」とか、一番高い弁当を頼めばいいのに、わざわざ安い弁当を頼んだところに、犯人の謙虚な人柄がしのばれる。

日本人が失ったものを見せ付けられるような、ほのぼのとした犯罪である。
別に日本領海に落ちたわけでもない某国のミサイルに大騒ぎしている人は、この犯人の謙虚さを見習うべきだろう。

眩暈(めまい)

                                        


                                       。

O氏の「キモかわいい」笑顔

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素敵なスマイルだ。
顔の筋肉は笑っているが、目はまったく笑っておらず、威嚇すら感じるのがプリティーである。
これを「キモかわいい」というのだろうか。

民主党によると、「鬼の小沢から仏の小沢へ」ということらしいが、この人の笑顔は、ヤクザが笑った時くらいに迫力がある。かえって怖いのである。
ヤクザはヤクザらしく凶暴であり、小沢氏は小沢氏らしく、無愛想で不機嫌であってほしい。
心からそう思う。

人間にはそれぞれの役割がある……。そんなことを感じさせるさわやかなポスターだ。
キティちゃんみたいに、小沢氏のスマイルがアイドル化し、女子高生のカバンにぶら下がったり、定期入れの中に忍び込んでくる日も近い。


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