杉岡幸徳の著作

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ロシアの神秘~旅と投げ捨てられたネクタイ

初めて旅に出たのは、19歳のときだった。

僕はその頃、某大学でドイツ語を学んでいたのだが、思えば奇妙で堅苦しい少年だった。
大学のみんながジーンズやTシャツというラフな格好で学校に通う中、僕はなぜかスーツでビシッと決め、ネクタイを固く結んで、極めてフォーマルな格好で通学していたのである。
「大学生→大人→スーツでビシッと決めねばならない」という「スーツの法則」を、自分で勝手に作り信じ込んでいたのだ。

大学2年生の夏、突然「旅に出よう」と思った。理由はよく憶えていない。
行き先は、当時ソ連と呼ばれていた「ロシア」に決めた。これも理由はよく憶えていない。
ただ、当時の資本主義国から見れば、ロシアは危険で、胡散(うさん)臭く、得体の知れない国だった。
僕は、その得体の知れなさに惚れたのかもしれない。

新潟空港からアエロフロート機に乗り、ハバロフスクに向かう。そこは、あの有名な「シベリア鉄道」の発着地だった。
シベリア鉄道の客室は、一つのコンパートメントに二段ベッドが二つがある、四人定員制だった。二段ベッドの上段には柵もなにもなく、転落したらそれっきり、という恐ろしい列車だった。
僕は言葉のまったく通じないロシア人たちに囲まれ、ロシア人の独特の体臭に悩まされながら、一路モスクワを目指したのである。
モスクワまで、7泊8日。

それは、奇妙で恐ろしい体験だった。ロシアは、シベリアは、とてつもなく広い。丸一日車窓から見える風景は同じで、夜寝て朝目覚めると、また同じ景色が広がっているという、地平線すら見たことがない僕にとっては、ほとんど想像を絶した世界だった。

そのうち、僕の感覚はおかしくなり始めた。僕はそれまで、これほどとてつもなく広く、変化のない漠然とした世界に身を置いたことがなかったのである。
僕は僕の内面で、空間感覚がゆっくりと解体し始めるのを感じていた。

そして、時間の感覚も破壊され始めた。
8日間も同じ列車の同じ客室で暮らすのは、恐ろしく単調で異常な体験である。
しかも、シベリア鉄道は西へ西へと走っていくので、ほぼ1日に1時間ずつ、時間がずれていくのだ。
朝起きて、時計の針を1時間戻す。外に広がる風景は、昨日とまったく同じ、シベリアの茫漠たる平原だ。客室にいるロシア人の顔も、昨日と同じである。
僕はそのうち、奇妙な妄想に囚われ始めた。
「ひょっとしたら、僕は永遠にこの列車から逃れられないのではないか」

しかし、車窓からモスクワの灯火が見えたとき、僕は感激のあまり涙を流しそうになった。ここが資本主義国の言う「悪の帝国」の帝都なのか。

有名な「赤の広場」に立ったときの感動は忘れない。
赤の広場は石畳の敷きつめられた、ただのだだっ広い広場なのだが、僕がそこに立ったとき、足元から異常なエネルギーが這い登って来るのを感じた。
ここは、帝政ロシアの時代から、ロシアの権力闘争の舞台になった場所である。
権力を追い、敗れ、滅びていった者たちの怨念・情念が渦巻いているような場所だったのだ。


ロシアは、神秘的な国である。ロシアを旅して霊感を受け、別人のようになってしまった人は、少なからずいるのだ。

ライナー・マリア・リルケ(1875~1926)は初めは極めて凡庸な詩を書く詩人だったのだが、25歳のときのロシア旅行で異様な霊感を受け、帰ってきたときは別の詩人になっていた。
彼が『時祷詩集』を出し、独自の空間を持つ新しい詩法を編み出したのは、その後である。

「20世紀最大の魔術師」と呼ばれるアレイスター・クロウリー(1875~1947)は初めは外交官だったが、1897年のロシア旅行の後「魂の暗い夜」を過ごし、その精神的危機を克服した後、彼は「20世紀最大」と呼ばれる魔術師になっていた。
ロシアには、どこか人間の感情や感性を爆発させ、新たな形に鋳造する奇妙な霊気が漂っているような気がする。

僕はモスクワで数日を過ごし、レニングラード(現サンクト・ペテルブルク)で白夜に近い神秘的な夜を体験しながら、数週間で帰国した。
帰国するなり、僕は精神的な動揺に見舞われた。
自分の足が地についていない感じがする。不安が襲う。奇怪な幻覚を見る。自分が自分でない気がする。
そして、昼と夜が逆転した生活が始まった。
これは、シベリア鉄道の体験により、僕の中の空間感覚・時間感覚が完全に破壊されたからだろう。
僕の中で、何かが変わったのである。

夏休みが終わり、新学期が始まった。
だが僕はもう、スーツとネクタイで通学しようとは思わなかった。
ネクタイを投げ捨て、ジーンズをはき、ジージャンをはおって大学に出かけた。
ロシアでの体験が、僕の中にあった秩序・規律・「あるべき姿」を破壊してしまったのである。

僕が「ものを書こう」と思うようになったのは、そのころである。
旅を終え、僕の内面の空間感覚・時間感覚が破壊しつくされた後残ったのは、表現に対する燃えるような欲求だった。
僕はロシアで、僕の心を締めつけていたネクタイを投げ捨てたのだ。


(メールマガジン「書人宝庫」第88号に掲載されたエッセイ)

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