杉岡幸徳の著作

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「怪」(角川書店)で連載が始まります

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世界で唯一の妖怪雑誌「怪」(角川書店)で、僕の連載「日本トンデモ祭めぐり」が始まりました!(Vol.20、1月28日発売)
「世界で唯一の妖怪雑誌」に、「世界で唯一の奇祭評論家」が書くという、素敵なコラボレーションになっています。

第一回目は、「性なる祭り」。
日本の津々浦々に転がるエロな奇祭を、まとめて紹介しました。

どうも最近こういう依頼が多く、この間もあるスポーツ新聞紙に、
「エロな神社の特集をするので、監修をしてくれ」
と頼まれ、きっちり監修しました。

どうやら、「杉岡と言えばエロ」ということになっているようです。本人は、極めて真面目な好青年なのですが……。
このまま行くと、山本晋也、代々木忠に次ぐ「エロの巨匠」になってしまいそうで、怖いです。

「怪」は、ビッグな方が多く書いている雑誌です。
巻末の「執筆者紹介」には、荒俣宏さんや京極夏彦さん、水木しげるさんなどのビッグネームが燦然と輝いているところに、僕の名前も、「杉岡幸徳 世界で唯一の奇祭評論家……」ときっちり載っているのに、感動しました。

面白い雑誌なので、みなさんぜひ一度ご覧ください!

ホリエモンもたまにはいいこと言う(2)

祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。おごれる人も久しからず。唯春の夜の夢のごとし……。
この間まではテレビに出ずっぱりで人気者だったが、今はメディアをあげて叩かれているホリエモン。

でも、僕はホリエモンは別に嫌いではなかった。
彼は「宇宙旅行をする」などと言っていたが、こういう誇大妄想的な発想は、本気で「この世は金がすべてだ」と思っていたら、できなかったはずだ。
彼は、単に金儲けしか考えていない人々とは、明らかに別のものを見ていた。
欠点も多々あるが、そこがまたいとおしくなるホリエモンだった。

そして僕は堀江氏を、去年の参院選の頃から評価している。
自民党の応援を受けていたとはいえ、単なる自民党議員(そしておそらくは民主党議員も)なら絶対に言えないことを言っていたからだ。

そのことはすでにブログに掲載していたのだが、ホリエモンの逮捕を記念して、ここに再掲する。
ただのアホのように見えても、ホリエモンは、自民党議員などとは明らかに違う夢を見ていたのだ……。

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「ホリエモンもたまにはいいこと言う」

自民党から(無所属で)立候補したり、いったい何を考えているかよくわからないホリエモンだが、たまにはいいこと言う。

天皇制の廃止には、僕は賛成である。天皇制を壊滅させるのは、国民の義務であろう。
小泉の言う「聖域なき改革」というのは大嘘で、彼らは決して天皇には手を出そうとしない。

<堀江貴文社長>「大統領制にした方」 外国特派員前に講演 (毎日新聞)

 衆院選広島6区に無所属で立候補しているライブドアの堀江貴文社長は6日、東京都内の日本外国特派員協会で講演し、天皇制について「憲法が『天皇は日本の象徴である』というところから始まるのには違和感がある。歴代の首相や内閣が(象徴天皇制を)何も変えようとしないのは多分、右翼の人たちが怖いから」などと指摘した。

 そのうえで日本の国家体制について「大統領制にした方がいい。特にインターネットが普及して世の中の変化のスピードが速くなっている。リーダーが強力な権力を持っていないと対応していけない」と語った。【谷川貴史】

「にらめっこオビシャ」を見に行く

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1月20日、千葉県市川市の駒形大神社に、「にらめっこオビシャ」という変な祭りを見に行った。

オビシャとは、関東一円で新春に行われる行事で、僕が『日本トンデモ祭』で取り上げた、千葉県佐原市の「ひげ撫で祭り」もオビシャの一つだ。

ここでは、男たちが向かい合い、にらめっこしながら酒を飲む。
笑ったら負けで、エラソーな格好した行司から、「笑うとは不謹慎な!罰杯を言い渡す!」と宣告され、もう一杯酒を飲まねばならない。アホらしい行事だ。
周りでは、酒を飲む男を笑わせようと、ギャグを口走ったり、卑猥なことを叫んだりして盛りたてる。

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神前には、餅で作った男性器と女性器が置かれていた。これも昔ながらの風習なのだろう。

ところで、この祭りを見物していると、観客の一人から、「あのー、杉岡さんですか?」と聞かれた。
最近よくあることだ。
雑誌の連載や本のおかげで、僕の名前と顔も売れてきたということだろうか。

自分の性格がわかる"Fortune Teller"

http://www.webft.com/index.html

上の"Fortune Teller"というサイトで自分の性格がわかると言うので、やってみました。

しかし、もともと"Fortune Teller"とは「運勢(未来)を告げる人」という意味であり、ただの性格判断ではないのだが……。
辞書には「占い師」と出てくるが、微妙にニュアンスがちがう。
このホームページを作った会社、そこら辺がわかっていないらしい。

自分の本名と生年月日を打ち込まねばならず、「個人情報収集じゃないか」との疑念もあるが、僕の個人情報などたいしたことないので、構わず打ち込む。

結果が下です。
驚くほど当たっているところと、当たってないところがあると思いますが、みなさんどう思います?


「基本性格」 
・感受性が豊かで、気分に左右された感覚的な判断を優先させる人。
 ・感覚派、物事の価値等を見抜き、見分ける能力、感受性、又、物の感じ方や考え方、で行動するタイプの人。

「男性性格」
 ユーモアの感覚も有り、礼儀正しい態度の中にも嫌みのない親しみやすさを感じさす。内心はプライド高く、常に引き立てられる立場を望んでいる。真面目で公平な指導者的存在であるが感覚的な判断をしがちで気分に左右される言動も多い。淡白に見えても実は粘り強く芯は強い人


「表層意識 他人からどう見られているか」

あなたは、細かな事には無頓着な性格ですが、身のこなしや服装などで、おしゃれでスタイリッシュなあなたを印象付けるでしょう。
小さいときから大人びた面があり、穏やかな容姿とは別に勝気な面がある強い性格も持ち合わせています。周りの人の言うことにはあまり耳を傾けずに自分の主張を通す傾向があり、物事を客観的に見つめられるような目や、知性的に物事を分析出来るクールな所は弱いのですが直感的な働きには優れています。
いつにおいても時代の先端を行くようなトレンドを追いかける傾向もあって、周囲の人たちがまだ知らないような事をいち早くキャッチできる感覚はとっても良いものが備わっています。柔軟な考え方を持って人生を粘り強く生きていく人でもあります。このタイプの人は敏感にチャンスを捉え逃す事はありません。どんな困難に出会っても臨機応変に対応していき、又、自分の好きな分野においては相当の努力と根性でぶつかっては行きますが、自分の興味の無い事やいやな事はあまり見向こうとはしません。そして、物事も白黒はっきりさせないと気がすまない所もあり、反骨精神も手伝って不正な事には敏感で正義の味方になる傾向にあります。また、自分が中心になってイニシアティブを持ち、周りから気を遣われたりすると大変に機嫌よくなる一面を覗かせます。
外見では穏やかで温厚そうに見えてもその実、悩み多き人で心の中ではたえず思いの葛藤が大きな渦を巻くタイプでしょう。でも、青春とかまだまだ現役とか言う言葉が好きで、いつまでも現役で活躍していたいと言う気持ちの若さを持ちつづけます。

「社会意識 社会の一員として自分を生かしたい」

あなたは外面的には何事にも動じない、肝が据わったようなタイプに見えますが、周囲に対する細やかな配慮は忘れません。そして、生まれつきの鋭い直感や感覚は優れており、物事の処理には頭の回転も速く、もてる才能をフルに発揮します。また、かなりの情報通で、周りがまだ知らないような事をいち早く話題にする事も多いはずです。そして特に、アイデアを形に仕上げる才能は抜群です。
しかし、内面的にはプライドも高く自分を良く見せる為の気取りなどが出る傾向にあります。そしてまた、根回しなどは不得意で、地道な努力を身上としています。また、何にでも熱心に取り組む意欲と行動力があり、大変器用な人なのですが、あと一歩の押しが弱くて物足りない結果となり易い傾向にあります。対人的にはソフトに対応し、周囲の状況に応じた柔軟な駆け引きなどは得意で、人を説得する手腕は素晴らしいモノがあります。切羽詰った状態の中でも人情味あふれたユーモアのセンスも有り、笑顔を絶やす事無く焦りを外には出さない人なので、チームにこのタイプがいると和みます。しかし感性が鋭すぎるため好き嫌いも激しく、お天気屋の所もあり、その時の気分で左右される事もあります。また、知的な面の自己コントロールは弱く、感情の激し易い人だけに日常の矛盾に悩む傾向にあります。でも、周囲の援助や引き立てを受けて苦境を打開できる生まれつきの恵まれた星を持っています。


「深層意識 自分の心の奥に潜む自分を再確認したい」

・自分の気持ちに忠実でウソがつけない。
・気まぐれで、自分のペースで行動したがる。
・自分の個性を打ち出すのが上手。自信家である。
・感情が豊かで同情深い。
・内面は激しい気性に満ちている。
・器用で多くの才能に恵まれている。
・実行力に富み、疲れを見せない。
・周囲の期待に応えて成長すれば、多大な影響を与える人になる。

バブルとは、終った後に初めてわかる

バブルとは、終った後になって初めて、
「あれはバブルだったんだ……」
とわかるものだ。
痛恨の涙と悔悟とともに。

バブルに踊る人々は、自分が泡まみれになっていることに気づかない。
ちょうど、狂人が自分が狂人であることに気づかないように。


ライブドアに強制捜査が入り、ライブドア株をはじめIT株が暴落するニュースを見ながら。

男の見舞いと女の見舞い

先日、高熱を出して倒れた由をブログに書いたら、何人かの方からお見舞いメールをいただいた。
ありがとうございます。

ところで、面白いことがあった。
この「お見舞いメール」を送ってくれた人のすべてが、女性なのだ。男は誰一人、見舞いメールなどは送ってこなかった。
完全に見殺しである。


男の世界は、アフリカのサバンナに似ている。
サバンナには、病気の動物は一匹たりともいない。すべてが健康な動物なのだ。

それは、サバンナでは、動物は一度病気にかかると餌を捕獲することができず、またシカやシマウマなどの弱い動物は、ライオンなどにすぐ食い殺されるので、病気の動物は絶対に生きていけない。
だから、サバンナで生きる動物たちは、みな健康体なのだ。
そうならざるをえないのだ。

男の世界は、獣どものさすらう、弱肉強食の世界である。
病気の男に声をかけてくれる男など、どこにもいない。
病に倒れた男は、ほかの男どもの餌食になって、死んでいくしかないのだ。

心と体のざわめき

心と体は、一本の樹だ。

体調の不良が、これほど精神に影響を及ぼすとは思わなかった。
訳もなく落ち込む。泣き出しそうになる。つらい。悲しい……。

体の葉のわずかなざわめきが、根にある心にもさざ波を起こす……。

街角のチャイルド・ポルノ

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携帯の画像なので見にくくて申し訳ないが、これは僕が先日、ある有名デパートの中で撮影したポスターである。
チャイルド・ポルノだ。

……というわけではなくて、これは写真屋のポスターなのだ。こんなに微笑ましく素敵な写真を撮って差し上げますよ、という宣伝なのだろう。

しかし、これはチャイルド・ポルノではないのか。
「たかがキスくらい……」
と思うかも知れないが、無理やりキスすれば、それだけで強制猥褻罪が成立する。

「真ん中の男の子はニヤニヤして喜んでいるじゃないか。強制じゃないよ!」
という指摘もあるだろうが、日本の各地にある「淫行条例」では「18歳未満の性交または性交類似行為」を禁じているので、キスもまた「性交類似行為」にあたる可能性がある。相手が同意しているかどうかは、この場合関係ないのだ。

もちろん、「この子達は外国人で、写真も外国で撮ったので、日本の淫行条例は適用されないのだ」という言い訳もできるだろう。まったく訳のわからない世界である。

しかし左側の女の子、目を閉じて、男の子の頬を軽くかじったり、耳に息を吹きかけているようにも見える。
たぶんまだ10歳未満だろうが、これほどの演技力と色気はすばらしい。
将来が楽しみな女の子だ。

安原顕氏の『トラークル』書評を発見!

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僕が2000年に出した、『ゲオルク・トラークル、詩人の誕生』(鳥影社)。

これは元は、僕が東京外語大ドイツ語学科の修士論文として執筆したものだが、なぜかこれを読んだ教授たちの凄まじい怒りを受け、それによって大学を追放された、記念碑的な作品である。
(ちなみに、ニーチェは『悲劇の誕生』により、ベンヤミンは『ドイツ悲劇の根源』により、同じようにアカデミズムの怒りを受け、アカデミズムから追放されている)

僕はこの修士論文を何とかして出版した。これこそ僕の処女作であり、僕の物書きとしての原点である。

決して、大々的に売れた本ではない。
しかし、選ばれた読み手たちからは絶賛された。いくつかの書評も出たし、熱烈なファンレターをもらったりした。

最近では、直木賞受賞作家である皆川博子先生が、「別冊文藝春秋」の2006年1月号の連載小説「伯林蝋人形館」の第四回目で、僕が『トラークル』で翻訳した、トラークルの詩を引用してくださっている(トラークルの翻訳は、ほかに何種類もある)。
出版されて六年たったが、この本の余波は今も続いているのだ。
僕自身、あの時、
「かりに今僕が死んでしまっても、この『トラークル』だけで、僕は歴史のどこかに名前を残すだろう……」
と考えながら書いた本だ。

ところが今日、まったく偶然に、故・安原顕氏が、この『トラークル』のためにウェブに書いてくださった書評を発見したのだ。
どうして今まで気づかなかったのだろう。

安原顕さんは、辣腕の編集者で、高名な評論家でもあり、毒舌とその裏側に潜む優しさから、「天才ヤスケン」「スーパーエディター」と呼ばれて愛された人だ。
しかし、彼は2003年1月20日、肺がんで死去した。63才だった(安原顕氏についてはこちらが詳しい)。

そのような方が『トラークル』を読んでくださっていたのは驚きだし、彼の書評を読めば、『トラークル』で僕が披露した、ドラッグで文学や文化現象を読み解くという特異な手法に感動し、刺激を受けていたことがわかる。

今こそ言えるが、『トラークル』が本当に評価されるのは、これからだろう。一度書いた本は、死にはしないーそれがまともな本ならば。
以下に、安原さんが『トラークル』のために書いてくださった書評を示す。
星がついていないのが残念だが、ウェブで安原さんの書評を見ると、すべてに星がついていないので、これが彼のスタイルだったのだろう。

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詩解釈も「麻薬」との関連で読み解いていく論考が刺激的

安原顕
2000/07/09 17:17:00

 オーストリア生まれの詩人、ゲオルク・トラークル(1887~1914)は薬物中毒の詩人として知られ、また妹グレーテとの近親相姦も噂された。仏語を話す乳母に育てられたため、兄妹間は仏語で話すほど出来たとの話もある。ウィーン大学で薬学を学び、第一次大戦が勃発するや衛生士官補として従軍するが、その惨状に我慢できずピストル自殺を計り、陸軍病院精神科に収容されるが、結局はコカインを多量に飲んで自殺する。生前の作品集はわずかに『詩集』(13年)一冊だが、没後、第二詩集『夢の中のセバスティアン』(15) が刊行され、「表現主義の詩人」との評判を得る。本書は1969年生まれの筆者が、東京外語大独文科の修士論文に加筆したものだが、とても読みやすく、トラークルの「ジャンキーぶり」に焦点を絞った一種の「麻薬と文学論」にもなっている。本書によれば、芸術的感性は母親から受け継いだが、彼女もアヘン常用者だったらしい。彼は1901年、ピアノを習い始めるが、好みの作曲家はショパン、リスト、ロシア楽派、ワーグナーだった。詩は1904年から書き始め、ボードレール、ヴェルレーヌ、ゲオルゲ、ホフマンスタール、後にヘルダーリンなどを愛読した。17歳の頃よりクロロフォルムなどを試し、翌年、すでにぼろぼろになったと手紙に書きもする。戯曲にも手を染めるが酷評されて破棄。そのショックでモルヒネ、ヴェロナールなどにも手を出す。12年、妹が結婚。同年、批評家カール・クラウス、画家ココシュカらと知り合う。13年、実家が倒産。14年、グレーテが流産する。流れたのは兄の子だったと筆者は書いている。この頃、ヴィトゲンシュタインがリルケとトラークルに二万クローネ援助する。14年、トラークルは自殺、3年後の1917年、妹のグレーテも自宅でピストル自殺する。筆者はトラークルの詩解釈も「麻薬」との関連で読み解いていくのだが、ぼくにはこの論考、とても刺激的だった。最後に、筆者訳の「トラークル詩抄」も載っているが、青土社版『全集』、筑摩叢書版『詩集』等々、数多くの翻訳が出ているが「参考文献」では無視し、瀧田夏樹『トラークル詩集』(小沢書店)しか挙げていないあたりにも、既訳への不満が出ていて面白い。

新年の挨拶

みなさん、明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。

ところで今日、電車に乗るために駅に行ったら、なぜかストラヴィンスキーの「ペトリューシカ」が流れていた。
冒頭の、あの印象的なフルートのフレーズが、新年の駅に響きわたっていたのである。

新年にストラヴィンスキーとは、斬新な駅だなあ、と感心していると、それはいつの間にか、ありきたりの邦楽に変わっていた。
正月によく流れる、とってつけたような邦楽の音色が、ペトリューシカのフルートに一瞬聞こえただけだったのだ。

僕らは、多元的な世界に住んでいる。
この世界は、いくつもの世界が折り重なり合ってできた世界だ。
もしあなたが望むなら、その感性があるなら、正月の駅でストラヴィンスキーを聞くこともできるのだ。

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