杉岡幸徳の著作

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青山正明の死

人間って、簡単に死ぬものだ。
僕がドラッグ・ライターの青山正明氏の訃報を聞いたとき、まず初めに思ったのが、そういうことだった。

青山正明さんは、「全部体験!作者が実証済み!」という痺れるコピーの踊る有名なドラッグ書『危ない薬』を書き、死体、犯罪、変態、エログロナンセンスの溢れる不気味な季刊誌『危ない一号』を編集していた、まじめな人はだれも知らないが、まともでない人なら誰でも知っているという、奇怪なライターであった。

僕が2000年に『ゲオルク・トラークル、詩人の誕生』という本を出したとき、これはドラッグ詩人についての本だったので、当然の如く青山さんの名著『危ない薬』を参考にさせてもらった。
僕が感謝の意をこめて著書を送ると、半年ほど経って電話があった。

「立派な業績ではないですか!」
青山さんは、柄にもなく、そう誉めてくれた。
そして彼はいった。自分はいま目が悪いのでなかなかこの本を読めないが、きっと読む。そして、その上でどこかで会おう。お互いライター同士、本を書いて大儲けする話でもしようではないか、と。

そう、青山さんは、日本でも数人いるかいないかという目の奇病に罹っていたのだ。
彼は、失明寸前だったのである。

だが青山さんは、もはや「書く」ということに、ほとんど興味を失っていたらしい。彼ほどの人なら、ライティングの仕事などいくらでもあったはずなのに、それを断りパン工場でアルバイトしていた。
「いやー、バナナを一気に剥くのが難しいんですよー」
なんて言いながら。

目が悪くなるだけではなく、クスリで一度逮捕されているという事実が、彼を追い詰めていた。
実際、国家権力の強大さ、警察の残酷さ、法に背くことの恐ろしさを、彼は分かりすぎるほど分かっていたのだ。

青山さんは鬱病に罹っていた。
彼は、家族と食事した後、一人天井からロープの掛かっている部屋に入っていって生を止めた。
首吊り自殺だったのだ。


人間って、簡単に死ぬものだ。
僕が、ドラッグライター・青山正明の死を前にして、言えることはただそれだけである。
ドラッグすら、彼を救えなかったのか。

ジャンキーには、二つの生き様があると思う。
シド・ビシャスのように完全にクスリに溺れ破滅していくタイプと、バロウズのように笑いながらヘロインをやり、ふてぶてしく生き残り、80、90歳まで平然と生きる者と。

どちらがいいのか。どちらがジャンキーとして正しいのか。
僕には分からない。
だが、たった一つだけ気になることがある。

青山さんは、はたして僕の本を読んでくれたのだろうか……。


(これは数年前に書いたエッセイだが、これにリンクを貼る人、言及する人が多いため、改めてブログに掲載する)

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