杉岡幸徳の著作

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怪しい「自己啓発」

前からずっと思っていたのだけど、「自己啓発」というものほど、いかがわしいものはない。

大きな書店に行くと、たいてい「自己啓発コーナー」が設置されていて、背広姿の男が熱心に本を立ち読みしているのをよく見かける。
それほど、「啓発されたい!」と思う人が多いのだろうか。

言うまでもなく、「自己啓発」というのは言葉の矛盾である。
自分で書いた本を自分で読んで、勝手に啓発されていたら、それはまさしく「自己啓発」だろう。

しかし、ほとんどの人は、他人が書いた本を読んで、「啓発」されているのである。
これ、「自己啓発」と言えるのだろうか。

これは、はっきり言ってしまえば、「洗脳」と同じじゃないか。
本当に洗脳されると、自分の意思と他人の意思の区別もつかなくなるようだ。
恐ろしい。

自己啓発セミナーや本の繁盛ぶりは、人々がいかに洗脳されたがっていて、自由を失いたがっているかの証明である。
「人間は生まれながらにして自由を求める」というのは大嘘である。
多くの人にとって、自由とは厄介なもので、わずか数千円ほどで売り飛ばしたくなるものなのだ。

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