杉岡幸徳の著作

2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
無料ブログはココログ

« ひな祭りには蛤を…… | トップページ | 奇祭の連載が始まります »

芸術家の実質と虚構

芸術家の評価とは、半分が実質、半分が虚構である。

例えば、「ピカソが描いた」というだけで、ある絵が何百万円もしたりする。実は、ノートの端に書き込んだ、ただの落書きなのに。
これは大衆が、ピカソという芸術家の「虚構」の部分にだまされ、眩惑されているのである。

実質がまるでなく、虚構の部分しかない者は、それはただの「エセ芸術家・ペテン師」である。
このような人種は、一時的には大きな成功を収めることはあるが、すぐに忘れ去られていき、死後にはもう誰も覚えていない。

実質は完璧にあるが、虚構がないのが、「芸術家のための芸術家」と呼ばれる人々である。
彼らは玄人や、批評家や、芸術家の間では圧倒的な尊敬の念を集めるが、素人にはなかなか理解できない表現をする。
作曲家ではフーゴー・ヴォルフ、詩人ではゲオルク・トラークル、美術家ではマルセル・デュシャンなどがこれにあたる。

しかし、大芸術家とは、実質と虚構を、100%合わせ持った存在である。

彼はペテン師であるとともに、本質を求める偉大な存在である。
だから、芸術を志す者は、実質と虚構の両方を愛し、どちらもゆめゆめ軽視したり、過小評価したりしてはならないのである。


« ひな祭りには蛤を…… | トップページ | 奇祭の連載が始まります »

「文化・芸術」カテゴリの記事

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/44296/3261495

この記事へのトラックバック一覧です: 芸術家の実質と虚構:

« ひな祭りには蛤を…… | トップページ | 奇祭の連載が始まります »