杉岡幸徳の著作

2018年5月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
無料ブログはココログ

『君は、砂漠の壁を越えるのか』

Sabaku


アマゾンから小説を出してみました。
スマホ、パソコン、kindle端末などで読むことができます。
よろしかったらご覧ください。


『君は、砂漠の壁を越えるのか』

~壁を越えるのか、それとも死か?
 若者が挑む極限の物語~

砂漠にそそり立つ巨大な壁。向こうにはオアシスが、こちらには死の世界が広がっている。
壁を越えて生き延びるには、ただ一つだけ開いている門の門番に、賄賂を払わねばならない。
だが、そこに現れた若者は、門番の汚いやり口を見て、賄賂を払うのを拒否する。
若者は、壁を越えて生き残れるのか?

戦慄と幻覚に満ちた、著者による小説第一作。


少子化

少子化がどうのとか騒がれているが、これほど不倫に厳しいのに、子供が増えるわけないのであった。

子供を増やしたかったら、倫理性をもっと下げねばならない。

Love Song

作詞・作曲 杉岡幸徳

夜のとばりが降りてゆく頃 
ギターを抱いて歩き始める
人混みの中 かき分けて

君は売れないダンサーの卵
夢ばかりでは生きていけないから
ボスに体を売りに行く

※歌いたいのさ 世界のすべて
喜びと悲しみを
誓いたいのさ 君の瞳
涙二度と 流させない

いつも愛の歌 それだけを歌う
いつも愛の歌 それだけを 
君のために


壁のはがれた 場末のクラブ
君は始めて契約を交わす
ダンスのショーを 夜明けまで

汗を流して踊ってみても
酒に溺れた客から見れば
君もただの売春婦

投げ捨てられた薔薇の花束
雨に打たれて 踏みにじられて
そして誰も振り向かない

抱きしめてくれ か弱い腕で
夢がなくても生きていけるさ
僕らが愛しあうのなら

いつも愛の歌 それだけを歌う
いつも愛の歌 それだけを 
君のために

ノスタルジー

よく、昔の人は真面目で、純真で、いつもひたむきだったと言う人がいるが、本当だろうか。自分のことを振り返っても、とてもそうとは思えない。

そんなに真面目で純真な人が過去にいたのなら、きっとその人は生きづらかったに違いない。

気まぐれ

インターネットが普及して、われわれに失われたのは、偶然性と気まぐれ。

どこに行くにしても、グーグルが頼みもしないのに、ろくでもない情報を用意している。

CMの炎上

CMがやたらと炎上するのは、「我々はお客様だ」という意識が強いからだろう。「たかが企業にくせに、お客様が嫌がるようなことをするな」という意識が根底にあるから、企業に反感が向かうのである。その証拠に、似たようなことをただのクリエイターが表現しても、炎上することはめったにない。

マナーは厳守せよ

マナーにやたらとうるさい人の前で、わざとマナーを破壊して、露悪的に振る舞うのは楽しい。

あるいはマナーにうるさい人に、適当にでっち上げたマナーを教えこんで遊ぶのは、もはや社会人としての義務だろう。少なくともたいていのマナー講師はそうやって生きている。

責任感

彼は、責任感の強い人間だった。
責任というものの重さを、心から理解していた。
だからこそ、責任から全力で逃れようとした。

バカとアホの伝説

「関西人にバカと言ったら怒るが、アホと言えば怒らない」というのは都市伝説だと思う。「バカ」で本気で怒る関西人が何パーセントくらいいるか、本気で調査したことあるのだろうか? そう言えば昔の中島らもの本にも「最近の関西人はバカといっても怒らない」とあった。

これほど東京弁や標準語が浸透している時代に、バカとアホ程度でそれほど情況が変わるわけないのだ。

食のタブーと宗教

そもそも、「××を食べてはいけない」というのは宗教である。

イスラム教の豚、仏教の肉、ビーガン、そして糖質制限ももちろん宗教に間違いない。
だからこそ、やたらと攻撃的で非寛容なのである。

«タワマンとラーメン